大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京家庭裁判所 昭和49年(家)8516号 審判

申立人 野村美子(仮名)

相手方 野村大吾郎(仮名)

主文

相手方は申立人に対し、昭和四九年八月分から、当事者間の昭和四九年(家)第八五一六号婚姻費用分担事件の審判が確定する日まで、婚姻費用分担として、一ヵ月金三五万円宛を、毎月末日限り、但し、昭和四九年八月分から同年一一月分については直ちに、申立人方に持参または送金して支払え。

理由

申立人代理人らは、「相手方は申立人に対し、昭和四九年八月分から主文記載の婚姻費用分担事件の審判が確定する日まで、婚姻費用分担として、一ヵ月金四〇万円を支払え。」との審判前の仮処分を求め、申立理由として、つぎのとおり述べた。

申立人は昭和三六年五月二二日相手方と婚姻し、相手方との間には隼人(昭和三六年一二月二日生)、慎吾(昭和三八年一二月一八日生)、正明(昭和四〇年七月二一日生)、忠義(昭和四四年七月二六日生)の四人の子がある。当事者双方は本籍地に居住していたが、昭和四四年八月東京に住居を求め、申立人と子らがこれに居住し、相手方も上京の都度同居していたが、相手方は宗教を信仰しててこれに凝り、昭和四八年一〇月に「以後帰宅しない。」旨の置手紙をして出てからは、右東京の家に寄りつかなくなり、昭和四九年八月分からは生活費も送金しなくなつた。申立人は現在無職で、家事に専従し、子ら四人と同居しているが、その生活費は、家屋の管理費、子の教育費、手伝いの給与などを含め、最低一ヵ月に金四〇万円は必要である。相手方は毎月余分の金は渡してくれなかつたので現在手持の金は殆んどないばかりか、借金をして充当している。相手方は、日本でも有数の資産家で、○○県で森林業を経営するが森林王と称され、また、ホテルも東京の○○ホテルの他五つを経営し、その月収は計上不能な程多額である。よつて、審判前の仮処分として、相手方に対し、婚姻費用分担一ヵ月金四〇万円宛の支払を求める。

相手方が、嘱託先の津家庭裁判所熊野支部家庭裁判所調査官山門長作に述べたところによると、婚姻費用の分担義務を認め、その額は、家庭教師、女中、諸税のほか一ヵ月金一五万円を支払うという。その理由は、生活を質素にし検約する旨申立人も諒承しているから、右の程度で十分である。そればかりでなく、従前は月平均五〇万円程は送金しており、生活費に充当できる預金も五〇〇万円以上はある筈である。というのである。

戸籍謄本、預金証書(疎甲第二号証)、新聞(疎甲第三号証)、相手方作成の書面三通(疎甲第四から第六号証)、自動振替解約通知書(疎甲第七号証)、および、申立人審問の結果、相手方に対する前記嘱託による調査結果報告書を総合すると、申立人および子らの生活費必要額を除くその他の事実が認められる。そこで、申立人と子四人の生活費の点について検討する。夫が高額の収入を得ている場合、そのすべての収入を家計に入れるわけではなく、夫婦が合意した共同生活に関する生活水準に相応した金額が生活費にあてられるのが通常である。しかし、その合意が明示的にされていない場合は、実際に支出した家計費(平均的な額)がその夫婦の合意した生活水準であると解される。本件では、当事者双方間に明示的に合意した生活水準額を認められる証拠はないので、黙示的な合意額を従来の家計費実支出額から見出すのが妥当である。申立人の提出した家計簿(疎甲第一号証の一から九)によると、相手方は申立人および子らの居住する家屋には従前一ヵ月のうち多くは滞在せず、相手方の分として支出された分は少額であつたこと。申立人が家計費として支出した月額は、昭和四七年六月三七万一、一五六円、同年七月三二万四、一七三円、昭和四八年六月三四万九、六五五円、昭和四九年五月三四万九、三九五円、同年六月三四万二、二〇二円となつていること。その他にそれよりも多い月もあるがそれらの月はいずれも特別の事情(たとえば昭和四九年七月分五九万四、〇〇〇円のうちには家屋の白あり消毒代一万六、〇〇〇円、社交贈答品等一四万〇、一四三円を含むなど)があり、平均的な額ではないこと。昭和四九年五月分の内訳として、教育教養費(申立人の教養費も含む)一七万九、三三五円雑費(女中の給与も含む)五万二、三七一円を含んでいることが認められる。右事実によると、申立人が支出した家計費の平均的な額は、およそ一ヵ月金三五万円であり、この中には教育教養費約金一八万円、女中給与を含めた雑費約金五万円も含み、相手方が教育費、女中給与、諸税のほか一ヵ月金一五万円という額にも近似する。したがつて、当事者双方が、家族のための共同生活につき必要な生活費として黙示的に合意した額は、一ヵ月金三五万円程度であるとみるのが相当である。

ところで、別居の事由については、申立人側に、これを斟酌して生活費を減額する程の有責性が認められる証拠はない。

よつて、本件申立は、一ヵ月金三五万円の範囲で正当とすべきであるので、家事審判規則第四六条、第九五条を類推適用して、主文のとおり審判する。

(家事審判官 高木積夫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例